子供たちは「ごめんね」「いいよ」を大人のためにしている

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子供の時、「ごめんなさい」と言えば、その場をやり過ごせるだろうと考えて、心をともなわない謝罪をしたことはありませんか?

 

 

何かの調べ物をしていて、ふと目に止まった本ですが、amazonでの評価を読み、すぐにKindleで購入し読了しました。

反省させると犯罪者になります

著者は、刑務所で犯罪者の更生に関わっている方。

 

今、被虐待児の支援に関わっているので興味深く読みました。

彼らの多くは、残念ながら将来犯罪に手を染める率が高いというデータがあります。

 

この本を読むと、人は何のために、誰のために謝っているのだろうかと考えざるをえません。

子供たちはけんかをしたり、悪いことをしたりすると大人の前で謝罪をさせられます。「何ていうの?」や、「ごめんなさいは?」と。

著者は、罪を犯した時最初に感じるのは後悔であり、謝罪の気持ちではないといいます。

なので「なんでこんなことをしてしまったんだろう」と思うのが先、ということで、喧嘩の直後なんてそんなことをこれっぽっちも思っていないんです。むしろ、「殴ってやれてスカッとした」とすら思っているのです。まだそのタイミングで叱られ、大人から解放されるために「ごめんね」を言う。

そしてやられた側はまだ許せていないのに、形だけの「いいよ」を面倒臭くなって言ってしまう。

その数分後にまたけんかをしだします。

大人は、「さっきわかったって言ったでしょ!」とさらに怒る悪循環。

 

実は、大人は子供を叱って「ごめんね」「いいよ」を目にすることで、自分の安心を得ようとしているだけという場合があります。

 

著者はまた、加害者の問題行動は彼らの「しんどさ」の表出だとも述べています。そして、加害者側の痛みをケアしてあげないといけない、とも述べています。ケアの方法には被害者側の気持ちを考えさせることが一般的ですが、それはさらに加害者の問題行動を増加させるといいます。

私はそれに賛成であり、被虐待児がそれ以外のしんどさの表出方法を知らないこともよくわかってきたし、傷ついているゆえの行動だと痛いほどわかるようになってきています。だからこそ、けんか等をした時に叱ることはできません。彼らの怒りはすべて自分を守るために沸き起こっています。

代わりにするのは、気持ちの代弁です。「すごく我慢してたよね」「あれが嫌だったんでしょ?」など、何となくそうかなと思えるようなことを言っていきます。すっと子供たちの気持ちが落ちてくれば、ごめんねと言わなくても、彼らの中で一つ区切ることができます。

 

ごめんねと言える段階の子達にはまた違った関わりができるかと思いますが、人の痛みがわかるとかそんな段階ではなく、自分が傷ついていると知って、悲しいと知って、怒っていると知って、それを受け入れて・・・そこからスタートの子達が、私の目の前にいます。

ごめんね、いいよを繰り返させるより、やってしまった子のしんどさを理解してあげることで、本当の心の変化があるのでは、と思います。

 


 

私の写真はえびこさんに撮っていただきました!

 

 

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